2012年1月29日 (日)

超久々のスキー

ほぼ8年ぶり?くらいにスキーにJAMへ家族で行った。

ここのところ週末の度に太平洋側の様な好天が続き、休日出勤しながらもったいない天気だなと思いながら過ごしていた。昨日の土曜日も仕事を終えて帰宅すると、久しぶりに明日スキーに行こうと妻からの提案。かつては冬の間じゅう週末はほぼ全てスキーに興じていたのだが、もう何年も行っておらず、板もこの間捨ててしまい、急に準備もどうしてよいか解らない状態だったため少し躊躇った。しかし、昨年は尿路結石に始まり、体重の激減、緑内障発症に終わると言う、体調面の異変が相次ぎ、今年からは少し運動も復活しないと本当にやばいと思い始めていた。それに多忙とストレスの真っ只中で、微熱が出るなど体調も優れなかったので、良い機会だと思い、出かけることにした。

子供たちは事実上、今日がスキーデビュウ。板のない私や妻も4人揃って先ずはレンタルスキーの建物に。私のブーツを除く4人分一式でレンタル代1万円超。ウグッ!しかも今時の板の長さに驚いた。私の身長より20cm近く短い160cm。これ、子供用?しかし久々のスキーリハビリでもあるので気が楽になってよかった。

更に今日はピーカン。スキーでこんな好天に恵まれた経験がほとんどない私は、改めて好天のゲレンデのまぶしさを思い知らされた。しかも、子供用のサングラスも用意してない。まったく、そんな小物さえ、ゲレンデに行くまで思い出しもしなくなっていた。急遽子供用のゴーグルを購入しいざ外へ。

ブーツ履くのも板つけるのも立つのもはじめての子供たちを指導しながら、人の少ない隅っこに行って歩く練習。ブーツと板の重さだけでくじけてしまうのではないかと思ったが、小学校高学年にもなると意外にもそれなりに動くことが出来ていたので少し驚いた。

ひと汗かいたところで休憩のためレストランへ。混んではいるものの簡単に空席を見つけることが出来た。何と快適なのだ!!好天の日曜の昼時というのに入っていきなり座れるゲレンデのレストランは初体験だ。

軽く食事を済ませ、1回券を1枚ずつ買ってペアリフト1本だけ上がってみることにした。妻は娘と、私は息子とリフトに乗った。

初心者コースとは言え、歩いただけの子供たちには恐怖の断崖。ペアリフト1本分の斜面を2時間ほどかけて、七転八倒、喜怒哀楽。泣いて笑って調子に乗ってくじけてしょげてへこんで・・まるで人生の縮図のような数百メートルを過ごした子供たち。何かあるたびに斜面をスケーティングで登って救助に向かった私も久しぶりに体を動かした。

ともあれ無事に過ごすことができた。自分自身は全く滑っていないが、それでも久しぶりに何だか楽しかった。帰りの車の中で両足に感じる心地よい疲労感がとても懐かしかった。

やはりスキーは良いなと思った次第。

この冬はあと何度か行きたい。

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2012年1月22日 (日)

好天の一日の些事

せっかく北陸の冬とは思えない好天に恵まれたのだが、今日は家族で買い物に出かけたくらいだった。

妻の軽がもうすぐ車検なので、車屋によって車検の日程でも決めてこようと、車に乗り込んでエンジンキーをひねった。すると。。

バキッっという音ともにエンジンキーのグリップ部分(リモコンを内蔵しているプラスチックの部分)が取れた。金属製のキーとの接合部分が割れてしまったようだ。仕方が無いのでついでに幾らかかるか見てもらおうと車屋に。¥8800円也。予想をはるかに超える価格に、このまま使うから要らんわと断り、車検の日程だけ決めてきた。キーはとりあえずアロンαで修理しておこう。

しかし、5年で根元が折れるキーってなんなんだ?と思い、割れたキーの構造を眺めてみると、実に心もとない構造。どう考えても強度的に貧弱。コストダウンが厳しいのだろうけれど、この構造は無いなと思う次第。ダイハツタントにお乗りの諸兄はキーをひねるときはそーっといたわるようになさることをお勧めする。

次に電気屋へ。妻が炊飯器の内釜のテフロン加工がボロボロなので買い換えたいと。1升炊きの三菱の白くて四角い機種を購入。ついでに娘がサンタさんにもらったwalkmanのケースを買うと言うので、男チームの私は息子をそそのかしてWiiのヌンチャクを買った。こちらもサンタさんがくれた仮面ライダーのソフトで2人対戦するためだ。帰宅後早速息子と仮面ライダーで対戦。息子は汗だくになりながら私を負かして大喜びだったとさ。

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2012年1月 7日 (土)

ベンジャミン バトン

ベンジャミンバトンをTVでやっていたので家族で見た。途中、売春宿のシーンや夜の営みのシーンの度に、今のは何だ?と聞いてくる小4の息子にはらはらしながら。本人も何となくわかってはいる様子であったが。そうして少々はしゃぎ気味で見終わったあと息子が

「なんか、このお話 残酷」

とぽつり。そのままいつに無く深刻な表情をしているので、どうしたのと聞くと、急に顔を梅干のようにくしゃくしゃにして、目から大粒の涙をぽろぽろ流し始めた。見ていて悲しくなったのだそうだ。その後寝室で床に就いたあとも、「なんか、さっきの映画の事が頭から離れん。なんでやろ?」と不安げな様子で繰り返していたので、「おまえもああいう話が少し解る様になってきたんやな。お父さんも子供の頃は、キングコングが可愛そうで寝れんかった。でもそういうのは大人になると無くなって来るんや。今だけやぞ。」と諭した。

最近すっかりヤンチャ小僧らしくなってきていたのだが、やはり男の子にしては優し過ぎるくらいの気性は変わっていない様だ。父親としては大丈夫だろうかとも思わなくもないが、息子の最大の特徴であり長所と思っている。これをどう自信につなげてやるか、思いをめぐらすうちに目がさえてきてしまった私のとなりで、息子は静かに寝息を立てていた。

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2012年1月 4日 (水)

明日から始動

正月休みも今日で終わり。明日から始動だ。今年は大晦日から正月三が日まで、北陸では珍しいくらい穏やかな好天に恵まれた。仕事が始まる今日あたりになって急にしんしんと雪が降りはじめた。

正月明け早々、御前会議があるため、結局正月休みは暇を見つけては資料作りに時間を費やしたが、なんだかんだと結構飲んで食べて血液ドロドロ化しているような気がする。そんなこともあり、今日はゆっくりと粗食で過ごした。

今年は地区の役も回ってくることになっているし、仕事面でもここ数年間の間に開発したものの日の目を見る機会に恵まれなかった技術を全投入すべき案件の受注確度が急上昇中。決まればてんやわんやとなることは必至。今抱えている特殊機も人手不足のためほとんど自分でこなさなければならない。考えるだけでクラクラ来そうなほど忙しくなりそうだ。自分に何がどれだけできるのか甚だ自信はないが、とにかく健康に気をつけてがんばるしかない。

さて、今夜は雪も積もりそうだ。明日は早く出ないと遅刻しかねない。今日は早く寝て、明日に備えよう。

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2012年1月 3日 (火)

謹賀新年2012

あけましておめでとうございます!

今年も宜しくお願いします。

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今年も娘のイラストではじまりです。

元旦に初詣に行き、家族でおみくじを引きました。

妻と子供たちは見事に大吉。

しかし、私だけ中吉。前半は忍耐で自重せよと。。。春はもう少し先のようです。

1月2日は恒例の子供映画。息子を連れて仮面ライダーの映画です。

ここ数年、映画と言えば仮面ライダーか○○戦隊△△ジャーかウルトラマンばかりです。

映画を見終わった後、その足で高校の同窓会へ。

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お盆に25年ぶりの同窓会があってからほんの半年振りですが、前回来れなかった懐かしい面年に会うことが出来て、楽しい時間を過ごすことができました。

ほとんど交流も面識も無い人たちとでも、同窓生という言葉ひとつでこうした場を共有できる。人のつながりとは不思議でありがたいものです。

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2011年12月30日 (金)

クリスマスとそれから

今年のサンタさんは色々大変だった(らしい)。

小6のお姉ちゃんはピンク色のウォークマンをゲット。こう言うのが欲しい歳になった訳だ。

早速聞こうにも中に曲のデータを入れる方法がわからない。なら説明書を読めばいいのだが、USBって?ヘッドフォンって何?と言うレベルの娘の質問に答えるのが面倒だたので、私がかわりに説明書を読んだ。とりあえず使うための要約版の説明書を読むと、専用ソフトをPCにインストールして、CDをPCに入れて・・・とこれまたゼロからスタートの説明が載っている。。使い物にならないので仕方なく厚みのある説明書を読んだところ、PCからデータをエクスプローラで移動すれば良いとのこと。なんでこっちを要約版に書かんのや?と思いながら、画面にエクスプローラを2面立ち上げ、娘にドラッグアンドドロップの仕方を教えてデータを入れさせた。

早速嬉しそうに聞き入る娘。私まで羨ましくなって少し借りた。なかなかいい音だ。娘に返すと、「ちょっとぉ!イヤホンが汚れてた!!もう貸さん!!」

ふん!お前のWALKMANなんか、貸して要らんわい!ともいえず、こっそり自分用のイヤホン買おうかなどと下らないことを考えてしまった。

そして小4の弟君。こちらはWiiソフト。なんでも仮面ライダーがいっぱい出てきて闘うゲーム。正直TVゲームはなるべく与えたくないので、サンタさんにはこう言うものはダメだと何度も説得してもらったのだが、息子の意志は固くサンタさんも最後には根負けしたようだ。

ともあれ、このようにしてクリスマスも終わった。

仕事納めの28日はそのまま最寄の芦原温泉で忘年会。40台半ばのなまった体には深夜まで若い連中と飲んで騒ぐのは辛くなってきた。更に悲しいことに若い連中のコイバナ的な話題にも追従出来ず、発散と言うより辛抱に近い長い夜を過ごした。来年からはとっとと寝てしまおうと思いつつ、こうして人間は老けて行くのだなと感じた次第。とにかく、仕事以外でまで無理はすまい。

今年一年を振り返ると、個人的には残念ながら不本意な事が事ばかりであった。仕事では何をやっても思うに運ばず。体調では尿管結石に緑内障。妻とも訳のわからない喧嘩ばかり。子供たちが無事に成長してくれていることだけが唯一の救い。ただただ、子供を泣かさぬために最低限の給料を運び続けることだけを目的になんとか生きていた様な状態。こんな情けないのは、今年いっぱいで終わりにしたいものだ。

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2011年12月18日 (日)

恒例の冬支度

ここに想いを吐露してから、実にありがたいことに幾人かのかたがたがメッセージを下さった。そのお蔭様もあり、気分は少し落ち着いてきた。嘆いても仕方の無いことだ。子供の頃から決して丈夫なほうではなかった自分である。二十歳前後からの約20年間、人間としても最も体力のある時期がなんとも無かっただけで、そろそろその勢いも無くなり、本来の体質に戻ったと考える事としよう。とりあえず明日は別の眼科に行ってみる。緑内障の診断をされた医者の診たてを疑っては居ないが、高齢の女医さんで耳が遠いのか会話がうまく成立せず、私としては医師に聞きたいことが聞けていないままだからだ。今年はじめの結石のときも色んな医者を回って4箇所目でやっと治療を任せられるところを見つけた。自分の状態と疑問を払拭して正月を迎えたい所だ。

正月を迎えると言えば毎年恒例の冬支度。ようやくこの週末に私の車のタイヤをスタッドレスに交換した。妻の車だけは先週交換済みなのだが、私のだけが残っていた。無料タイヤ交換券なるものがあったのでこれを使っていつも車検を頼んでいる車屋に息子といって来た。これでこの冬も万全だ。

そして年賀状。これもこの週末に投函を完了した。いつもは大変調子が悪い我が家の10年選手のプリンター(EPSON PM-890C)が、この年末は何故かやたらと調子がよく、年賀状の印刷も問題なく終えることが出来ていた。

そしてその前にやってくるクリスマス。今年は子供たちが自分でツリーを飾ってくれて、私は少し楽が出来た。サンタさんへのプレゼントも既に依頼済み。クリスマスケーキも注文してきた。

そして更に、2月に車検を迎える妻のタントの車検の見積りをしてきた。2度目の車検とあってディーラー殿にはここぞとばかりに部品交換を勧められ、11万3千円とずいぶん遠慮のない見積。もちろんバッテリーやプラグやエアフィルタやクーラントやブレーキバッドやATFなどはサクッと省かせて頂くが、そこそこかかりそうな5年目のタント君だ。

さて、もう一息、今年最後の2週間を踏ん張るとしよう。

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2011年12月14日 (水)

どん底

情けない事に心ここにあらずの日々を過ごしている。多忙なはずの仕事も手に付かず、気が付くと緑内障で検索して、残念な想いにとどめを刺すような自虐的な行為を繰り返している。もうすぐ来るクリスマスに心躍らせている子供達の様子を、何か虚ろな気持ちで人事の様に眺めている自分に気づく。子供達と自分の間には、絶対に越えられない見えない壁があるかのような感覚。我ながら小心ぶりにあきれる。先ほどは妻にまであたってしまった。私の病気を最も心配して泣いてまでくれたうえに、何とか出来る事をと奮闘してくれている妻を。実に下らない理由で。
しかし、諦めてはいない。今は一時的な動揺の底に居るだけで、きっとすぐに落着きを取り戻すことはできるはず。そう信じて残り少ない今年を過ごそう。
4年前に42歳で亡くなったネット仲間のはっちんさんを思い出す。昔niftyのフォーラムでとても良くして頂き、スキーに誘って頂いたこともあった。彼の闘病記録だったブログの記事は、毎回毎回「まけませんよ」で締めくくられていた。早く「まけませんよ」と言えるところまで回復せねば。

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2011年12月11日 (日)

緑内障!

眼科で視野検査を行った。機械を使っての検査。片目ずつ覗くと中央に赤い点があるのだが、ここから視線を外さずに、周囲に光が見えたら釦を押すというもの。検査の最中、赤い点の横や下は時々光るのだが、上は全然光らないので変だなと思った。右目が終わり左目。やはり上は光らない。こう言うものなのかと思いつつも検査終了。

診断は、両目とも視野の上半分の大半が見えていないので、間違いなく緑内障。失った視野は回復しないので少しでも進行を緩和するため眼圧を下げる薬の点眼を行うのみ。一生涯付き合ってゆくしかないのだと、淡々と告げられた。眼圧は高くないのだが他に手立てもない様子。

これまで近眼以外、目には何の不自由も感じていなかったので半信半疑。事実、各々の目の欠損視野が重なっていないので、両目を開けていれば全域見えており違和感がない。

帰宅後、片目をつむり、開いている目で壁のある一点を凝視し、人差し指を立てて顔の前を動かしてみると。。。。指が、いや、指どころか手そのものが全く見えない領域がかなり広範に存在することが確認できた。左目は少し欠損部が小さいようだが、似た様な傾向。もはや、医者の世迷言でもなんでもない。事実だ。

もはやどうしようもない。視神経が徐々に死滅し行くのが少しでも遅くなる点眼の組み合わせを探すのみ。まずは1日に1滴の点眼以外とるべき手段もない。事の重大さに比べてできることの物足りなさこの上ない。

それに

もう二度とすっきりと物を見ることが出来ないのかという思いがこみ上げ、にわかに悲しく淋しく恐ろしくなる。つい数日前までと何も見え方は変わっていない。ただ事態に気がついただけで湧き上がるこの不安は何なのであろうか。これが普通のものの見え方だと疑わなかったものが、自分だけの現象であって他人の目はもっと鮮明に物を見ることが出来ているというこのどうにもならない悔恨の念は、これまで何不自由のない体を当たり前に享受してきた自分には、どう解釈してよいのかまだ良く分からない。

統計によれば40歳以上の17人に一人が罹患している決して珍しくない症状とは言え、44歳でここまで広範囲に両目ともやられている人間は1%も居ないのではないかとネガティブに考えてしまう。とにかく、各々全視野の3割ほどを既に失っている我が両目。これと死ぬまで付き合うしかないことだけがはっきりしている。これと言ってできることもないのであれば、くよくよせずに、可能な限り規則正しく健康的な生活を心がけてゆくしかあるまい。

それに

妻もかなり大きなショックを受けている。少しでもできることをと、眼精疲労用のビタミン剤やACAIとか言う洋風養命酒みたいなのを買ってきてくれた。不安を隠し、彼女なりに精一杯してくれている。

仕事でも地域活動でも、今からが最も多忙を極めるはず。何かと前向きな意識を持つことをもっと学ばねば。

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2011年12月 8日 (木)

N-BOX

ホンダの軽、N-BOXが売れているらしい。受注が生産の300%でフル生産状態だとか。

発売直後の今だけだからか、生産が極端に遅れているだけなのかは知らない。

私は絶対に買うはずが無い車だけれど。

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2011年12月 4日 (日)

眼科で

メガネの処方箋を作るために眼科へ行ってきた。今使っているめがねは乱視が入っていないので、それを改善すると度数をほとんど上げなくても見え方が改善するとの事。早速明日にでも眼鏡屋さんに行ってこようと思う次第。

ついでに、数年前に目もらいができた時以外、眼科などかかったことが無かったので、一応どこかおかしくないか簡単に見てもらった。

私の目に強い光を当ててなにやら観察した若い女医先生は看護師に写真を撮るよう指示。すぐに出来上がった両目の眼底か何かの写真をみながら先生曰く、

「白内障はありませんが、緑内障の可能性があります。後日改めて視野の検査をしたほうが良いでしょう」

緑内障。母が長年患っている病のひとつだ。いやな予感はしつつもまだ確定したわけではないわけで、とりあえず来週検査の予約をして帰宅した。妻にそのことを話すと彼女はとても驚いた。「一度なると治らんのやよ。失明しかねんのやざ!ええーっ。どうしよう!」

あんまり心配するので緑内障でググッてみたところ、妻の言うとおり、網膜の視神経が死滅してゆく進行性の症状で主な原因とされているのは高眼圧(21mmHg超)。しかし眼圧正常でも神経が構造的に弱くて発症する例も多く、40代の17人に一人がかかっているとされる症例だとの事。

なんてこった。。

今年はじめに受けた人間ドックでは眼圧は12mmHgと極めて正常。眼底の写真でも異常無しとの判定を受けたばかりだった。とにかく現時点で眼底写真からの医師の見立てでは緑内障の兆候が認められるのは事実。この10ヶ月の間に進行したのか、ドックの検査がいい加減だったのかはさっぱりわからないが、とにかく視野欠損の検査をやるしかない。

春先に破砕してやっと解消した尿管結石も、先月のエコー検査で再発の予兆が認められ、がっかりしたところへ今度は目。年はとりたくないものだ。

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2011年11月27日 (日)

めがね族

最近目が悪くなってきた小6の娘。ついにメガネを作った。家に帰った早速つけている。

その様子を見た小4の息子は、

「ええ!俺以外みんなめがねやぁ」

と言いつつ娘のを借りてかけてみると

「あ、見やすい!」

娘のはじめてのメガネは度が低いとはいえ、若干の矯正をかけたほうが見やすいと言うことは息子も少し近眼気味なのかもしれない。

私も妻も近眼のため普段メガネをしているので息子だけでもメガネ無しで過ごせるようにして欲しいものなのだが。

そういえば娘は最近食欲が旺盛だ。産まれてこの方ずーっと2歳下の弟よりもかなり食が細かった娘なのだが、最近は大人と変わらない量を食べるようになってきた。成長期に入ったのであれば、近眼の進行と無関係ではないかもしれない。

私自身、中学校3年までは視力2.0だったのが、高校に入って慎重が一気に伸び始めたのと同時に物を落とすように視力が落ちた。その後は視力の低下度合いも鈍り、数年に一度メガネを作りかえる程度で済んでいたのだが、最近細かい文字を見るときはめがねを外さないと見づらくて仕方が無い。とうとう老眼も入ってきたか。それとも乱視でメガネがあっていないのか。目の検査では矯正で左右とも0.5程度しか見えない。私も久しぶりに眼科へ行って処方箋を書いてもらおうか。

矯正のいらない人が羨ましい。

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2011年11月20日 (日)

三回忌

今日は実家で祖父の三回忌。まだ亡くなってから3年たってはいないが。あまり多くは呼ばず、近い縁者だけで静かに執り行われた。

坊さんの読経が始まると、私も声には出さず口ずさむ。暗記こそしていないが、坊さんの声にあわせてならば、一緒に唱えることが出来る程度には子供の頃から記憶している。

幼少の頃、祖父母とは離れて暮らしていたのだが、毎週末は実家に帰り1泊するのが習慣だった。祖父は毎朝、毎晩1日2回、仏壇の前に座ってお経を欠かさず上げていた。幼い私はそれが珍しく、また一日も欠かさない祖父に対して、単純に凄いと感心していたこともあり、夜の読経の時にはお経を唱える祖父の横に座って見ているのが常だった。小学校3年くらいだったか。祖父の読経は単調なプロ(坊さん)のと違って独特の節回しがついており、お経と言うよりもなにか楽しげな歌のようだった。そのため子供の私にとっても覚えやすかった。今も、口をついて出るのは祖父の節回しのお経。

私のとなりで経典を広げていた父が、口ずさむ私に気付き、経典を貸してくれた。経典を見ればそこを唱える祖父の声がはっきりと思い浮かぶ。その記憶があるぶんだけ、父よりも私のほうが読経は上手なのだ。

実家近くの地域だけだろうとは思うが、故人が身に着けていたものなど、実用品を参列者で分け合う慣わしがあり、わりとお洒落だった祖父の上着などがそれぞれ引き取られて行った。

無事に祖父の3回忌も終えた。もう、しばらくは法事もなかろう。

さて、明日からまた仕事に忙殺される日々が始まる。もう遅いので眠るとしよう。

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2011年11月17日 (木)

山の連続

あ~

なぜこんなに忙しいのだ!!

要領も悪いのだろうが。

2007年に今の部署にやってきてから3年間かけて開発し、1年間売り込み続けた製品が、ちょうど去年の今頃ようやく受注できたのだが、それが先週客先の出荷承認を得ることができた。これから解体して中国の客先工場に運んで据付け、春ごろから現地で稼働を開始するので、それからがいよいよ本番なのだが、ひとまず我々の仕事としては山を越えた感じだ。

しかし、これは言わば2年前に終わった仕事。その後も改良改善に全力を投じなければならなかったのだが、なんだかんだと忙殺されているうちにすべてが頓挫している状況。管理職をやりながら、個人の開発テーマを抱えて自分でこなしてゆくのがこれほど大変だとは知らなかった。もうただただあがいているだけに等しい。このままではいつまでたっても仕事に追われるばかりで、改善の糸口が見つからないまま年月が過ぎ去りかねない。

忙しくてそれどころではないのだが、それでもそれを解消するためには、自分の状況を俯瞰するように努めねば。。。

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2011年11月13日 (日)

粗大ごみ

前々からたまっていた粗大ごみを清掃センターへ持ち込み処分しに行ってきた。となりのあわら市にある施設では、家庭用ごみは100kgまでなら525円で引き取ってくれる。車ごと入り口で重量を測り、中で分別廃棄し、出口で再び車ごと重量を測定して金額確定と言う仕組み。普通は一品ごとにその形状寸法や重量、種別で料金が決まっているが、ここはいくつ持ち込んでも重量あたりの価格のため、色々あるときには安くて便利。

粗大ごみだけに、長年過ごしたモノ達が多い。

先ずは10年前にくじ引きで当てた折りたたみ自転車。まだ乗れるのだが、かなりくたびれていて妻が捨てると主張するのでさよならする事に。

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続いて、結婚当初から子供たちがずいぶん世話になったマリモいす。息子が最後まで廃棄を拒み続けた思い出の一品。そして2年ほど前から失火が激しくなってきていたダイニチのブルーヒーター。スイッチを入れてから1分もかからず着火してすぐ温まり、いやな匂いも無くてとても気に入っていた。先日同社製の同等品に新調したのでお役御免。トヨトミのヒーターも考えたが、申し訳ないがとてもエキゾチックと言うか濃すぎる外観が性に合わなかったので却下した。

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そして、捨てる予定は無かったが、衝動的に廃棄を決めたのが最も思い出深いスキー板。

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右の紫のが妻の板。ビンディングが壊れていて使用不能だった。真ん中のは私が20歳の頃、はじめて買った板。ビンディング(チロリア470)がお気に入りだった。そして左がVOLKL VP19。長くて硬くて重くて、かなり脚力の要る板だったがアイスバーンでの切れ味は最高だった。もうスキーに行かなくなって10年。今年あたりからまた行こうかと思っていたのだが、板があっていつでもいけると思うとかえって行かない気がしたのと、もうこんなパワフル系の板に乗れる自信もないのが正直なところなので、ダラダラともち続けるのはやめようと、思い切って捨てた。

さて、あとは地デジ移行のときに処分し損ねたブラウン管テレビと、映らなくなったパソコン用CRT。なんとか最小限のコストで処分できる方法は無いものだろうか。

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2011年11月11日 (金)

ぞろ目の年

昨日は私の44回目の誕生日。4度目のぞろ目の年を迎えた。

「今日、何の日か知ってる?」

朝、半分ボーっとしながらいつものように朝食を取っている私を見た娘が嬉しそうな顔で聞いてきた。ボーっとしていても、日付くらいはわかってはいるが、期待に添うべくわざと気づいていないふりをしばし装った。

その日の晩は早めに仕事を切り上げ、7:30ごろ帰宅した。私が夕食を終えるのを見計らって、妻が用意してくれたであろうバースデーケーキの登場。「パパ」と書かれたプレートが乗っていて、ろうそくは太いのと細いのがそれぞれ4本ずつ。火をつけると息子が電気を消し、娘が歌を歌ってくれた。一気に吹き消そうにもうまく行かず結局3回も吹いた。そんなこんなで、家族のおかげで楽しいひと時を過ごすことができた。

その後で、妻が娘に言いつけて私に紙袋を渡させた。中には包装紙にくるまれた箱。開けてみると新しいベルトと財布。妻が買っておいてくれたらしい。前に財布を見に店に行ったのだが結局決まらなかったのだが、「パパは全然決められないから買っといた」と。今日から早速その財布を使っている。

みんな、ありがとう。

ぞろ目の年をあと何回迎えられるか分からないけれど、取りあえず4回目までは無事に迎える事が出来ました。

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2011年11月 4日 (金)

結石復活・・・

先日職場で受けた定期健診で「肺に影があるので精密検査受診のうえ報告のこと」という脅迫状を受け取ったのは前回書いたとおりだが、今日は突如平日休みが取れたので、医者にいけるうちに行っておこうと考えて、久しぶりに医者へ。せっかくなのでついでにと思い、半年ぶりに泌尿器科へ行って腎臓の検査も受けてきた。

先ずは肺の影。

お医者さん曰く、「一体何を見て異常だと言うのかねぇ?何にも無いです。異常無しです」と言うなんとも拍子抜けな結末ながら、ひとまず安心した次第。

続いて腎臓

レントゲンには何も写っていないものの、エコーでは腎臓の中に2mm程度の石が出来つつあるらしい。とりあえずまた半年後にいらっしゃいな。と言うことで終了。今回何も無ければ何かない限りもう二度と泌尿器科にも行かないつもりだったのに、まだご縁があるようだ。とりあえず、水分を多めに取って、カルシウムを十分摂取し、肉や糖分を控えめに気をつけるつもりで生活することとしよう。

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2011年11月 1日 (火)

忙しい

ここのところ、鬼のように忙しい。決して連日午前様とか徹夜続きと言う様な事はないのだが、会社にいる間は常に3,4個の事柄が同時進行。QUAD COREのパソコンのCPU稼働率100%で使っているような状態か、あるいは、3,4個の鍋を同時に火にかけて別々の料理を同時に作っている状態とでも言うべきか。。もともと、一つの事をジトーっと考え込む仕事が多かっただけに、今の状況はテンパリ気味だ。4月からたった3人とは言え部下を持つ立場になり、めんどくさい管理業務が増えたのもあるが、ちょうど今は2年前に完成させた開発機の受注第一号が出荷直前で最後の追い込みにかかっている。更に中間決算時期と言うことで、収益予測をまとめるために開発予算の消化状況や見通しを(正直にではなく)上手く帳尻が合うように加工して、バラ色の技術開発進行であることが解るように示せとか、管理職とは言え到底意義があるとは思えない数字合わせに翻弄されている日々。こう言う仕事も意味があるのだと思って前向きに取り組めるには、もう少し自分も大人になる必要がありそうである。

とにかく、こうなれば健康第一だが、先日の健康診断の結果、肺に影があるので要精検と言われたところだ。年明けの結石騒動をきっかけに昨年よりも10kg減ったおかげか、尿酸や中性脂肪や悪玉コレステロールの値は一気に改善したのは嬉しい限りだが、肺と結石の再発有無を検査に行って来なければならないが、いつ行ける事やら。。。

最近小6の娘が好きな男子の話を私にしてくれる。嬉しそうに彼氏の事を話す娘をとても嬉しく思う。いつの日か一緒にお風呂に入ってくれなくなるんだよと妻から脅されていたが、どちらかと言うと私の方が一緒に入浴するのははばかられる気持ちである。

娘も父も、目下日々成長中。

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2011年10月25日 (火)

レガシィのマフラー

数ヶ月前から排気音がたくましくなった我が愛車レガシィBH5。その音がだんだん破れ障子のごとくなって来たため、いつも車検をしている整備工場に持っていって見てもらった。

まえまえから太鼓(サイレンサー)部分の胴巻き板がかなり腐ってボロボロだったのは知っていたので、音もそこからだろうと思ってアルミテープと耐熱パテを買ってあったのだが、エンジンをかけて、頭を車の下にもぐりこませて音を良く聞いてみたところ、どうやら太鼓ではなく、その奥の、排気管をつなぐフランジの付近からの異音と解った。これは素人では手に負えないと考え、車屋に言ったと言う次第。

エンジンをかけたままジャッキアップしてみたところ、フランジと配管の継ぎ目のところがパックリと切れていた。あと十数ミリを残して全周ちかく(330度くらいか)切れており、そこから排気ガスが出ていた。車屋のおんちゃんには、「もう、いつ落ってもおかしねぇざ」(もう、いつおちてもおかしくないよ)とのこと。この車ももうそれほど先は長くないので、少しでも延命措置を取れないかと頼んでみたところ、溶接できればなぁと思案顔。排気管は肉厚が薄く、下手に溶接しようとすると逆に穴が開いてしまうらしい。そこを何とか頼んでみた。車屋のおんちゃんも自信がなさそうな顔をしているので、作業を横で見るのはやめて、連れて行った息子と事務所で車のカタログなど見て暇つぶししていた。

もう、車も買い替えかな?などといっていると息子が「これがいい!」とインプレッサSTIのカタログを持ってきた。車両価格370万・・・。ちょっと、、いや、全く無理な価格。。。息子は特別車に興味があるわけではないのだが、今時のエコカーは嫌いらしい。なぜなら、凄いくないからだそうだ。妙なところが私に似たようだ。

30分ほどたって工場に行ってみると、既に溶接を終え、空ぶかしして音の様子を確認しているところだった。もう破れ障子のような逞しいのか汚らしいのか解らない音はなくなり、とても普通の排気音に戻っていた。なんとか溶接がうまくいったようである。作業料\4750を支払い、工場を後にした。

すっかり静かになった我が愛車。迫力がなくなってなにか物足りなさを感じてしまうが、これで来るべき冬に備えて不安要素を一つつぶすことが出来てよかった。

しかし、現実問題、車はどうしようか。車検まで1年を切った。上の子が生まれるときに買って依頼12年間青空駐車で炎天下や夜露や雪や凍結や融雪剤にさらされ続けたレガシィ。走行も17万キロ近い。よく乗ったのではあるが、まだまだエンジンは7000回転まで元気に回ってくれるし、燃費も悪くない。結婚して今の家庭を持った当初から一緒にすごしてきた車で愛着も深い。買い換えるなら、やはりこのくらい乗り続けられる奴がいいと思うのだが、そんな車がもうほとんど無い気がしている。

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2011年10月16日 (日)

福島の農業

数年前に大手家電メーカーを脱サラして、福島のダッシュ村に近い地域で農業をしている学生時代の先輩がいる。TVで立ち入り禁止になってしまったダッシュ村の様子が放映されたのを見てどうにも心配になり手紙を書いた。もし、避難してしまっていたら届かないかもしれないと心配しながら。 でも先日返事が来た。放射線レベルはそう高くなく、今も農業をがんばっているとの事。更に最寄の道の駅で産品の直販やイベント企画などにがんばっている事を知った。しかし風評もあり、以前のように出荷できないらしい。

何かできることがないかとの申し出には、変に心配するより、皆が自分で正確に現状を知る様に努めてほしいとのこと。下記のURLが手紙に書かれていたので、微力ながら下記に記載して紹介したい。

http://www.touwanosato.net/index.html

そして、一時的な募金気分で、野菜の取り寄せなどは、ご好意はありがたいが控えて欲しいと。専業農家で大根なども数百数千本単位で出荷しているのだが、後の契約が続かない1回きりのしかも1,2本の小口宅配依頼が何件も入り、その対応が大きな負担になってしまっているそうだ。

TVの画一的な偽善報道に、福島の農家は迷惑し、国民は踊らされる。ことにはならないように気をつけなければと思った次第。

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2011年10月 2日 (日)

スポーツの秋

先日、子供たちのスイミングスクールで毎年恒例の大会が行われた。昨年は入賞ならなかった子供たち。今年はきっとメダルを取ると意気込んでいた。その結果は。

小学生最後の対価となったお姉ちゃんは、個人で銀メダル、リレー種目で金メダルを獲得。特に個人種目では、最後の最後に一人抜いての結果だった。これまで何度もゴール手前で隣の子が気になり、よそ見をしている間に反対側の子に抜かれて入賞を逃すと言う過ちを繰り返してきたおねえちゃん。とにかく超慎重派で周囲の様子が心配で仕方が無い正確に加え、何かに気をとられると完全に脳のスイッチが切れ、話しかけたくらいでは全然帰ってこず、頭のひとつもひっぱたかれないと我に返れない子だったのだが、今年は最後まで自制を保つことが出来たのは進歩と言ってよかろう。

一方の弟君。毎年自滅するおねえちゃんをよそに、一昨年既に銀メダルを経験している。正直、お姉ちゃんほど泳ぎはうまくないのだが、私に似たのか腕の地力が強く、バタフライが得意だったのだが、今年は自由形と背泳ぎと言う競争率の激しい競技にエントリーした様子。大丈夫なのかと聞いても、バタフライより速く泳げるからとの答え。いや、競争は他人との相対的な速さが重要であって・・・・。とにかく、競争心が全く無い息子なので仕方ないのだが、案の定全て等外の結果。お姉ちゃんが6年生にして少し要領を得たように、息子もそのうち気がつくだろう。

それから幾日か後。小学校の運動会。お姉ちゃんの赤組は今年も負けて、結局お姉ちゃんは6年間6連敗を喫し傷心モード。一方息子の白組は今年も勝手4年間全勝。しかも内股で頭をふらふらさせながら走る独特の息子のフォームでは当然速いはずが無く、徒競争大の苦手だったのだが、どういうわけか今年は1着だったそうだ。相手が良かったのだろうが、妻は喜んでしまって晩飯は散らし寿司に腕を振るった。

親はともかく、子供たちはそれなりにスポーツの秋を生きている様子である。

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2011年9月23日 (金)

娘12歳

9月22日は娘の12回目の誕生日だった。

誕生日には今度こそ家の2階のベランダでバーベキューでもしようかと企んでいたのだが、、、それ以前に3日しか稼働日の無いあわただしい週だったこともあり、晩飯そのものに間に合わなかった。それでも娘はケーキを切るのだけは私が帰ってからと主張し、待っていてくれたようだ。帰宅して食事を済ませ、みんなでそろって食卓でケーキにろうそくを立てた。

娘が生まれたあの日は雨だった。

あれからもう一回りしたのか。

早いものだ。

誕生日おめでとう。

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2011年9月19日 (月)

息子10歳

9月17日は息子の10回目の誕生日だった。

誕生日には家の2階のベランダでバーベキューでもしようかと企んでいたのだが、ちょうど台風がやってきてこの日は雨。普通に家で行うことに。妻は、息子が何を思ったのか「パエリアを食べたい」と言ったので、そんなもの作ったことの無いながらも実現すべく奮闘。そのかいあって息子には好評だった。

そして妻が用意したのは、¥500だけ入った息子名義の通帳。5年生になったら月に500円の小遣いを与えるので、自分で管理しなさいと言うことだ。たまったら通帳に入れるなり、欲しいものがあったらおろして使うなり自分で決めさせる練習の一環としての妻の発案で、上のお姉ちゃんもそうしている。もちろん銀行での手続きは妻が代行するが、幾らをどうするのかは全て決めさせる訳だ。私に似てお金の使い方が下手な息子は、これをどう使うのか少し楽しみでもある。

さてと、来週はお姉ちゃんの12歳の誕生日。

9月は何かと忙しいのだ。

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2011年9月11日 (日)

稲刈りPT2

この週末はコシヒカリの刈り取りを手伝いに実家へ。

本当ならもう数日置いた方が良いかもしれないが、お盆以降の雨や台風で稲が倒れており、このまま時間を置くと米の質が低下する恐れがあるため、倒れた田の刈り取りを済ませることに。詳しいことは省くが、稲の倒れた田の刈り取りは実に大変なので、助っ人の得られやすい土日に行うということだ。

実家で作っているのは主に早稲の花越前と中手のコシヒカリ。早稲はもちろん既に刈り取りは終了している。中手は収穫時期が遅い分、草丈が高くなるのと、台風などに会う確立が高くなるため、どうしても倒れやすい。多少倒れるならいいのだが、水田がじゅうたんのようにペッ短子になっている場合、大抵稲穂は地面の土や水に接していて、質が低下してしまう。最悪の場合発芽して根が出てきてしまうこともある。こうなればもはや出荷不能。ペッタンコにつぶれた田んぼは非常事態だ。更に、つぶれた田んぼをコンバインで刈り取ろうとすると、機械にも無理がかかり、故障を誘発するという実に厄介なものだ。もっとも、良く実って頭が重い証拠でもあるので多少倒れ気味が最も望ましいのではあるが。

この土日は暑くて大変ではあったが、天気が良かったおかげで、てこずりながらも最もコンディッションの悪かった3枚の田んぼを片付けた。あとはほとんどつぶれていない田んぼばかり。まだまだ両親たちは今週も刈り取りと臼すりに忙しいだろうが、なんとか目処は付いた感じだ。さて、来週の土曜日は息子の10歳の誕生日。それまでに順調に終わる事を祈ろう。

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2011年9月 4日 (日)

野次馬

この週末、実家ではコシヒカリの刈り取りを予定していたのでまた手伝いに行くつもりでいたのだが、部下の家で不幸があり、昨夜は通夜、午前中は葬儀に参列した。ちょうど台風が接近して天候が悪いのでいずれにしてもこの週末での刈り取りは不可能だった。

雨はほとんど降らず、昼頃から風が強くなってきた。暑さもたいしたことが無かったので、エアコンは使わず窓を開けていたのだが、なにやら焦げ臭い匂いがしてきた。また近所の工務店が資材でも燃やし始めたのだろうと思っていたら、消防車のサイレンの止まるのが聞こえた。子供たちが外を見るて「外が真っ白!けむり!」と叫んだ。窓から外を見ると確かに家の前を白い煙が通り過ぎていくのが見え、焦げ臭さは尋常ではなく、明らかにどこか近くで起こった火事の煙と解った。急いで家中の窓を閉め、家の前の通りに出てみると、煙は更にひどくなり、大きな灰まで降ってきた。すでに異変に気付いた近所の住人達が野次馬となって大勢歩いていた。ちょうと通りかかった隣の奥さんに、近くの喫茶店が燃えているらしいと聞き、アホな私はバカな息子と、おかしな野次馬達の流れに乗って煙の方向へ急いだ。火元から100m程のところにくると、2階建ての家2件が完全に火に包まれており、既に火の熱さを感じた。あれほど巨大な火炎を見たのは初めてだった。

既に大勢の野次馬が居り、大通りに面していた現場は消防の車両や煙もあって渋滞しており、誰かが必死で車を誘導していた。消防士が火から10m程のところに接近してホースを構えたが、あの距離では相当熱いはず。火炎の音、屋根瓦が崩れ落ちる音、消防の車両からの指示音声などで騒然とする現場。恐ろしい光景だった。家はあんなに燃えるものか。あの中に人が居たらなど考えるのも恐ろしい状況にしばし呆然。気がつけば自分も含めて風下側の野次馬達は体中すすだらけだった。火の勢いがおさまってきたところで、消防士が屋根にはしごで上り、2回の窓を破って中を消火しはじめた。初めて消防士の仕事を実際に見たが、あれは大変な仕事だ。

後でニュース速報を見た限りでは、犠牲者は無かったらしく。目の当たりにしたあの火炎の中に人は居なかったと知り少し安心した。家が2件燃えた言ってみれば普通の火事なのかもしれないが、自分の家がああなることなど考えたくも無い光景だった。そう思うと、半年前の震災はどれほど恐ろしい出来事だったか。。。

日々、平和に生きているのに何かと不満ばかり抱えてくすぶっている事の愚かしさを感じた。しかし、だからといって簡単に目覚めたりも出来ない、どこか向上心の鈍った情けない中年の自分が居ることを思い知らされる。

火事見て、子供と一緒に野次馬に加わって、ただビビッて落ち込んで、だからと言って何をするでもなくただボケッと生きているバカ中年でしかない今の自分を、どうすることも出来ないでいる。こんなんでいいんか?と焦るばかり。家でのんべんだらりとしているだけで精神的に疲弊してゆくのを感じる昨今。一体何がどうなっているのか?自分の何が悪くてどうすればよいのかを自問自答するばかり。どういうわけか、ここの所、何か出来事があるたびに、全て自分の現状に対する批判ばかり思い浮かぶ。

本来、20代30代にやるべきことを何もやってこなかったがための現状と思えて仕方が無い。50代60代でもそう思わぬように40代の今、やるべきことがあろうに。もう手遅れだろうかと半ば諦めのような気持ちが拭い去れずに居る。

何が不惑の年か。。。

ただの馬鹿野次馬。。

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2011年8月28日 (日)

早稲の刈り取り完了

この土日で、実家の早稲の刈り取りとうすすりが終了した。この夏は私の仕事がかなりバタバタしたのでろくに手伝うことも出来ず、両親には申し訳ないことをしていた。この週末もどうかと思ったのだが、ここのところ運動不足やらストレスやらたまっているのを感じていたので、思い切って炎天下で汗を流す事にした。

例年ならもう早稲は刈り終えていても良いころなのだが、今年はどういうわけか雨、それも豪雨が多く、実家でも刈るタイミングを逃し続けていたとのこと。土日は好天に恵まれたこともあり、暑くはあったが作業は順調に進み、一区切りつけることが出来た。

しかしメインであるコシヒカリの刈り取りはこれから。既にこれまでの豪雨で水田はぬかるみが激しく、稲が倒れてしまっている部分も多い。更に台風が2つも接近しているらしく、これ以上どれだけコンディッションが悪化するのかが心配なところだが、私が手伝えるのも次の週末だけ。なんとか両親の無理にならないことを祈るばかり。

ところで、実家では「いちじく」の栽培と出荷もしている。先日地元の新聞に記事が載ってからというもの、毎日2,3人の人たちがわざわざ実家まで尋ねてくる。そういった人たちは大抵年配の方々なのだが、今日はちょっと雰囲気の違う人が来た。なんでも地元のラジオ局の人で、明日の午後にラジオカーが、よしもとの芸人をのせて取材に来るので宜しくとのこと。聞けば今頃の収穫期には毎年のようにラジオの取材を受けているのだとか。ずいぶんとがんばっている両親の様子を見て少しうれしくなった。

しかし、実は母は肝臓が悪く、数日おきに自分で注射を打っている。注射のあと数日は副作用で体のあちこちが痛んだりする様子。それでも毎日早朝に数百個のイチジクを収穫し、パック詰めして各地へ出荷に行き、帰ればこの炎天下で田んぼの草取りをしたり、炊事選択に精を出している。どうか、無理をしないで欲しいと思うわりに大して手伝うことも出来ない事をどうしても申し訳なく思ってしまう。とにかく、自分は自分の仕事を明日からまたがんばろう。

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2011年8月21日 (日)

2本立て映画

子供達にせがまれ、映画館に行って来た。内容は海賊戦隊ゴーカイジャーと仮面ライダーオーズの2本立て。小4の弟君の影響で小6のお姉ちゃんも結構好きらしい。仮面ライダーは江戸時代にタイムスリップして松平健の暴れん坊将軍と共に闘うというもの。

テレビではこの2本立てが夏の映画ではかなりヒットしていると言っているのだが、観客はと言うと、私ら親子3人のほかたったの4人。合計7人。2階席まである大きい劇場でだ。本当にここでいいのか真剣に心配したほどである。しかも子供にはカードやら漫画本やらLEDライトやらいろんなグッズまでくれるし、近くの駐車場の券を見せたら大人は1000円にしてくれた。それでも成立するこの商売のからくりはやっぱりよく解らない。たぶんたまたますいている日だったのだろう。

最近のヒーローものは、主人公が変身するのに飽き足らず、更にそのヒーローが色々な形態に更に変化するのが流行りのようだ。ゴーカイジャーは歴代のどの戦隊にも変身できる設定になっており、映画でも昔懐かしいゴレンジャーに変身して野球仮面と戦う場面が出てきてちょっと懐かしかった。完全にお父さんお母さん世代の取り込みを意識したつくりだ。仮面ライダーオーズは大昔の錬金術師が作った様々なメダルを駆使することで、多様に変身することができる。劇中でも、ピンチに陥る仮面ライダーに暴れん坊将軍が献上品のメダルを渡し、それを使って新形態に変身して反撃。さらに分身して各々が別のメダルを用いて大勢の異なるライダーとなって現れる場面では、息子は興奮しまくってイスから立ち上がってとび跳ねていた。大人の自分には、一人の悪役を複数人の正義の味方が寄ってたかってやっつけるのは如何なものか?と思うのだが、子供はそんなことは関係なく、いろんな新しいものを見せてくれるヒーローを望んでいる様子だし、かつて自分もそうだった様な気もする。

映画館に入って子供映画を見るといつも思う事がもう一つ。スクリーンが昔よりずいぶん小さくなっている様な感じがする。おそらく寸法は変わっていないはず。ならばそこから受けるインパクトが小さくなっているのだろうか。それとも単に自分の体格が大きくなったからだろうか。

大画面で迫力のあるアクションもいいが、何か、静かにじっくりと話に没入できる様な映画を劇場で観てみたくなった。何かいいのはないだろうか。

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2011年8月16日 (火)

同窓会

8月14日、高校の同窓会に行ってきた。卒業して25年。facebook上で同級生達が集まり、話が盛り上がったのがきっかけで実現した同窓会だった。

恥ずかしながら、私の高校生時代は人生の汚点とも言うべきまさに灰色の季節であり、記憶の中から抹消してしまいたい3年間でしかなかった。卒業式の日も、何の感慨も感動も無く、もう2度と高校の連中と関与することなど無いだろうし、一切望まないと確信していたものだった。流石に最近は年をとったせいもあり、もう若い頃のような敵意に似た様な感情は失せていたものの、そんな風だった自分のことを多少なりとも知っているであろう人たちと再会するのは正直気が引けたのも事実だった。

しかし、facebook上で盛り上がっているかつての旧友達の今を垣間見、当時ほとんど接点の無かった旧友からの気さくなメールを受け取るうちに、そんな自分自身で築いていた自閉の壁の下らなさを知り、思い切って参加してみることにした。

高校時代に何の接点も無かった何人かと会話を交わすことが出来、改めて自己紹介をすることができた。いつでも話せた筈の時期を逃して25年もたってからだ。そして、私と同じく高校生の当時は素直になれず斜に構えていたことを後悔する気持ちを抱えた人間が他にも居たことを知り、やはり同じように、参加してもかつてのように隅っこで目立たぬようにしていなければならないくらいなら、参加せずにおこうと心配していたが、それらが杞憂であった事を喜ぶ面々も居た。壁を払拭するのに25年もかかったが、生きているうちにそうすることが出来た事は、これほど有り難い事は無い。

F61

高校時代の3年間の記憶は、決して快いものは多くは無いが、その中でも悪くない思い出もある。もはやそれらを十把一絡げで灰色と表現する必要は無くなった。今回の幹事役の面々と、そこに集った全員に心から感謝したい。

さて、盆休みも終わり、明日から始動。またがんばるとしよう。

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2011年8月14日 (日)

盆休み

東京での見本市は、入場者数では前回を上回ったものの、震災や原発の影響か、外国人来場者数は激減した。

帰福後も色々あたふたしまくったものの、なんとか盆休みを迎えることが出来、今日に至っている。

盆休み初日の12日は、前々から気になっていた愛車レガシィの助手席側フロントスピーカーの音割れの原因を調査すべく、ドアの内張りをはがした。スピーカーはコーン紙周囲のアーチ状になった柔らかい部材がひび割れて半分以上落下していた。音割れの原因は、この部材が中途半端に残っていたためと思われたので、残りの部分も手で取った。これではとても本来の音にはならないが、耳障りな雑音が混ざることはないはず。そのまま内張りを取り付けた。その後妻の実家系のお墓参りと、父の実家のお墓参りを済ませた。肝心の私の実家のお墓参りは日没のため順延することに。

2日目の13日は、ひょんなことから未使用の火災報知機が手に入ったので、遅ればせながら、寝室と階段に設置した。本当は6月1日までに設置しなければならなかったらしかったので、ちょうど良かった。この日から15日までの3日間、娘がキャンプに参加。結局実家のお墓参りは盆休み最終日の16日にするほか無い。

14日の今日は、午前中に息子と福井市美術館でやっているウルトラマンアート展に行ってきた。TVでCMをやっているわりには入場者も多くなく、すいていた。そして今日はこれから高校の同窓会。実に25年ぶりに会う面々。高校時代に影の薄かった自分にはあまり話し相手が居ないと思われ不安ではあるが、まぁ、せっかくの機会だし、老いくたびれた同級生達の姿を見てくるとしよう。

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2011年8月 5日 (金)

東京

東京に来ている。見本市に出展するためだ。4日間の会期もあとは明日1日を残すのみ。今日はHONDAの執行役員の方の特別講演があり、ひと時ブースを抜けて聴講した。

明日の最終日も自社のブースに詰めていなければならないのだが、せっかくなので他のブースも見て回ろうと考えている。一種お祭り的な雰囲気の見本市では、普段全く話すことのないコンペティターと世間話をする機会が得られる可能性もあるかもしれない。

とにかく、ゆっくりしていられるのもあと1日。

週明け会社に戻ると、またちょっと大変なことになっているだろう。。。

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