さかあがり
うちの子達は逆上がりができないらしい。土曜日、2年生の息子を連れて近くの公園へ特訓に行った。ところが、公園には蚊が多く、着くや否や息子は2箇所刺されて痒くて集中できず。仕方なくもう少し足を伸ばして学校の校庭に行った。こちらは日当たりが良すぎて鉄棒があっちっちだった。私が腹を押し付けて冷やし、特訓開始。
ところが数回ペロンペロンとぶら下がった時点で、息子の親指の根元内側の皮がペローんと剥けてしまい、特訓終了。逆上がりのコツくらい教えてやりたがったのだが、なかなかである。
しかし、その皮の剥け方は実に懐かしい。私も学生時代に部活で大車輪の練習を始めた頃、よくそこを剥いた。「そこが剥けるのは、ど素人の証拠だ」といわれたっけか。
逆上がりは、できてしまえばコツだけだ。筋力体力運動神経どれもいらない。コツをつかむまでひたすら粘り強く繰り返し繰り返し体が覚えるまで、やってやってやりまくるだけ。算数とおんなじだ。と、息子に話して聞かせたが、ちゃんと聞こえたろうか。
文明社会だろうが情報通信社会だろうが、数値化できる事実など、ほんの少しの当たり前の部分だけだ。仕事柄、ちょっと変ったことや前例のないことをしようとすると、解らないことや知られていないことばかりだと言うことにいつも驚かされる。
何か知りたかったら、そしてなにかをできるようになりたかったら、「うまいやり方」を見つけて効率的に行うことを考えすぎなんだと思う。効率的なやり方を捜し求めて見つからないほど、非効率的なことはない。
息子には、もうへんなコツとかやり方とか言わずに、出来るようになるまで繰り返せとだけ言おう。自分で解らなきゃだめだ。自分の解らないことは、自分が知らないだけで既にどこかに答えがあって、それを見つけるべきだなどとあまり思わないこと。自分で見つけたやり方が既に確立されていたと知った時は悔しい思いをするかもしれないが、自分で見つけたのと、知識として知ったのとは同じではない。
逆上がりさえできればおしまいでいいならいくらでも教えるけど、そうでないよね。知識や方法を教えるのは、伝達であって教えではない。自分で練習しまくればできると知らせてやるのが大事だよなぁと、息子の剥けた皮を手当てしながら思った次第。
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